2013年03月30日
九州毎日テニス初戦
ぼくは負け覚悟の粘りを続けていた。できるものならあと1、2ゲームを取って36か46の負けなら言い分け、できるかも・・・。いろんな思いが錯綜、脳裏を駆け巡っていた。
ファーストは64で取った時は、少しむつれてもセカンドで行けそうな気がしていた。
ところが16で落としてしまった。何でこうなったのか、相手が戦法を変えてきたのだろうか、ネットには最初から積極的だったし、それがもっとひんぱんで術中に陥り相手の思いい通りなっていたのか1ゲームが取れなかった。
ファイナルにかけたが、1ゲーム目のサービスを落とすとずるずると03、セカンドの流れを引きずっていた。ブレークして13、反撃開始と意気込んだがまたもやブレークされて14のチェンジコート、太陽に影響されないサイド。ブレークして24、キープすれば34だ。まだまだいまからだと、サービスキープを願ったがかなわず25。万事休すだった。それから記憶は乏しいが35 45負けてよいスコアになっていた。そしてそこで55と頑張っていたのだ。
しかし、肝心要のここでもぼくはサービスをいとも簡単に落としてしまう。せっかくの流れを自分で絶ちきっていた。
56の相手サービスで何度マッチポイントがあったことだろう。ぼくはまさに必死で走りに走って首を繋ぎタイブレークに持ちこんでいた。
朝の9時30分に始まった試合は正午をまわり13時になろうとしていた。タイブレーク55と接戦、ここで勝利の女神はぼくにあった。ネットを挟んでボレーの応酬で苦肉に合わせたバックボレーは相手のフォアサイドをノータッチで抜けていた。65、あろうことか気がつけばぼくの初めてのマッチポイント、どんなボールで決めたか定かでないがまさかの勝利が転がり込んでいた。
足にきていたらしいSA氏の無念の表情に何とも言えなかった。
ポイントの足もギリギリだったがトレーニングの成果がなんか持ち応えていた。
64 16 76(75)
ケイタイより
ファーストは64で取った時は、少しむつれてもセカンドで行けそうな気がしていた。
ところが16で落としてしまった。何でこうなったのか、相手が戦法を変えてきたのだろうか、ネットには最初から積極的だったし、それがもっとひんぱんで術中に陥り相手の思いい通りなっていたのか1ゲームが取れなかった。
ファイナルにかけたが、1ゲーム目のサービスを落とすとずるずると03、セカンドの流れを引きずっていた。ブレークして13、反撃開始と意気込んだがまたもやブレークされて14のチェンジコート、太陽に影響されないサイド。ブレークして24、キープすれば34だ。まだまだいまからだと、サービスキープを願ったがかなわず25。万事休すだった。それから記憶は乏しいが35 45負けてよいスコアになっていた。そしてそこで55と頑張っていたのだ。
しかし、肝心要のここでもぼくはサービスをいとも簡単に落としてしまう。せっかくの流れを自分で絶ちきっていた。
56の相手サービスで何度マッチポイントがあったことだろう。ぼくはまさに必死で走りに走って首を繋ぎタイブレークに持ちこんでいた。
朝の9時30分に始まった試合は正午をまわり13時になろうとしていた。タイブレーク55と接戦、ここで勝利の女神はぼくにあった。ネットを挟んでボレーの応酬で苦肉に合わせたバックボレーは相手のフォアサイドをノータッチで抜けていた。65、あろうことか気がつけばぼくの初めてのマッチポイント、どんなボールで決めたか定かでないがまさかの勝利が転がり込んでいた。
足にきていたらしいSA氏の無念の表情に何とも言えなかった。
ポイントの足もギリギリだったがトレーニングの成果がなんか持ち応えていた。
64 16 76(75)
ケイタイより
おめでとう&お疲れ様!
コメントありがとう。
ベスト4に行けるチャンスだと思ったけど、2回戦の相手はしぶとい選手でした。彼はベスト4まで行き1シード、本人ののダブルスのパートナーに負けたようです。