2013年02月27日
テニスはアシスなり
27日木曜日晴れ。途中から半袖でのプレイ。
10時よりI氏と約束のシングルス、1セット。HR氏とは11の引き分け。
夜、TO氏よりケイタイあり、70歳代はぼくが2回戦で敗れたON氏が、U氏に6163で破り決勝戦に進出したFC氏を6263で破り優勝したとのこと。あの粘り腰にはFC氏も歯が立たなかったようだ。
OK氏が病で倒れたが、ON氏が上がってきたので大きな壁が立ちふさがったことになる。
デルレイビーチ国際テニス選手権での期待の錦織圭、カルロビッチ(クロアチア)に、デ杯のリベンジを期待していたが1回戦、途中棄権で敗れ去る。問題は未解決であった。
10時よりI氏と約束のシングルス、1セット。HR氏とは11の引き分け。
夜、TO氏よりケイタイあり、70歳代はぼくが2回戦で敗れたON氏が、U氏に6163で破り決勝戦に進出したFC氏を6263で破り優勝したとのこと。あの粘り腰にはFC氏も歯が立たなかったようだ。
OK氏が病で倒れたが、ON氏が上がってきたので大きな壁が立ちふさがったことになる。
デルレイビーチ国際テニス選手権での期待の錦織圭、カルロビッチ(クロアチア)に、デ杯のリベンジを期待していたが1回戦、途中棄権で敗れ去る。問題は未解決であった。
2013年02月25日
デルレイビーチを乗り切れば・・・・
月曜日、晴れ。
午前中、街の城郭近くのBKへ久しぶりチャリで出かける。行きはよいよい帰りは怖い。日頃のチャリのおかげか、こぐ力はついているように思えたが、Fベテラン大会で効果は上げられなかった。2回戦1616と完敗したのは、振り返れば1回戦での疲労があったに違いないのだと思ったりもした。負け惜しみもあるが、6362のスコアながら2時間近くコートにいた。
気持ちはあったが体が動いていなくて、ミスを招いていたと思いたい。相手が上手だったとはいえ、やはり最後は体力なのだ。
昼からコートへ、反省を込めて両手打ちとサービスの練習を異なるイメージでやってみた。
アメリカ国際インドアテニス選手権、シングルス決勝戦が行われ、第5シードの錦織圭はノーシードのロペス(スペイン)を6263で下し、今季初優勝したとのこと。2008年のデルレイビーチ、昨年のジャパンオープンとこれで3勝目だ。すごい。
16位の錦織圭は、今週から始まるデルレイビーチ国際テニス選手権に第4シードで出場し、1回戦でカルロビッチ(クロアチア)と対戦する。デ杯戦、クロアチアとの戦いで錦織はカルロビッチの2メータをこす長身からのサービスに手を焼き敗れ、ワールドグループ陥落の憂き目を見た、忘れられない選手。好調の錦織はリベンジするに相違ない。
午前中、街の城郭近くのBKへ久しぶりチャリで出かける。行きはよいよい帰りは怖い。日頃のチャリのおかげか、こぐ力はついているように思えたが、Fベテラン大会で効果は上げられなかった。2回戦1616と完敗したのは、振り返れば1回戦での疲労があったに違いないのだと思ったりもした。負け惜しみもあるが、6362のスコアながら2時間近くコートにいた。
気持ちはあったが体が動いていなくて、ミスを招いていたと思いたい。相手が上手だったとはいえ、やはり最後は体力なのだ。
昼からコートへ、反省を込めて両手打ちとサービスの練習を異なるイメージでやってみた。
アメリカ国際インドアテニス選手権、シングルス決勝戦が行われ、第5シードの錦織圭はノーシードのロペス(スペイン)を6263で下し、今季初優勝したとのこと。2008年のデルレイビーチ、昨年のジャパンオープンとこれで3勝目だ。すごい。
16位の錦織圭は、今週から始まるデルレイビーチ国際テニス選手権に第4シードで出場し、1回戦でカルロビッチ(クロアチア)と対戦する。デ杯戦、クロアチアとの戦いで錦織はカルロビッチの2メータをこす長身からのサービスに手を焼き敗れ、ワールドグループ陥落の憂き目を見た、忘れられない選手。好調の錦織はリベンジするに相違ない。
2013年02月24日
錦織圭選手 ウイナーのチャンス到来
日曜日、晴れ。
予定通りの結果となって、今日行はれたK壮会に顔を出すことになった。ドローを見たとき厳しい、もしかしたらと思ったりもしたが、まぐれや奇跡はスポートの世界にはあまりない。実力通りほぼ結果は出るが時々番狂わせもある。それを期待していたが、そうは問屋はおろさなかった。
運動公園のCDコートはいまどきめずらしくなったクレイコート。日曜日開催となれば不人気のここしか取れなかったようだが、主催者あいさつの中に、クレイコートで出来るのは今日が最後となりそうです、うんぬんとあった。どうやら水はけの悪いこのクレーコート、ソフトテニスが固執していたと耳にしていたが、不人気に抗しきれなかったのか、センターコートを入れて16面のコートは人工芝になるようだ。
さて、今日の参加者、男女合わせて80余名。
今日は3勝1敗で3位、商品ゲット出来ず。1試合目30から6ゲームとられて36で負けたのがすべてだった。
テニス日和で4試合楽しむ。
錦織圭選手はアメリカ国際インドアテニス選手権(ATP500)準々決勝でが第1シードで世界ランク12位チリッチ(クロアチア)を64 62と破り、準決勝でも相手の途中棄権で決勝戦に進出している。
決勝戦の相手はロペス(スペイン)、優勝のチャンスは十二分にありそうだ。
予定通りの結果となって、今日行はれたK壮会に顔を出すことになった。ドローを見たとき厳しい、もしかしたらと思ったりもしたが、まぐれや奇跡はスポートの世界にはあまりない。実力通りほぼ結果は出るが時々番狂わせもある。それを期待していたが、そうは問屋はおろさなかった。
運動公園のCDコートはいまどきめずらしくなったクレイコート。日曜日開催となれば不人気のここしか取れなかったようだが、主催者あいさつの中に、クレイコートで出来るのは今日が最後となりそうです、うんぬんとあった。どうやら水はけの悪いこのクレーコート、ソフトテニスが固執していたと耳にしていたが、不人気に抗しきれなかったのか、センターコートを入れて16面のコートは人工芝になるようだ。
さて、今日の参加者、男女合わせて80余名。
今日は3勝1敗で3位、商品ゲット出来ず。1試合目30から6ゲームとられて36で負けたのがすべてだった。
テニス日和で4試合楽しむ。
錦織圭選手はアメリカ国際インドアテニス選手権(ATP500)準々決勝でが第1シードで世界ランク12位チリッチ(クロアチア)を64 62と破り、準決勝でも相手の途中棄権で決勝戦に進出している。
決勝戦の相手はロペス(スペイン)、優勝のチャンスは十二分にありそうだ。
2013年02月23日
Fベテランテニス大会 2回戦
土曜日、曇り 「PM2.5」が国の環境基準を超えるという予測のニュースがあっていた。試合会場に着くころには忘れていたが、試合中に晴天のはずの空が急に雲に覆われ小さな雨が少しだけ落ちて気になった。
2回戦の相手は今年からの70歳代の強敵と分かっていたが、見るとやるとは大違いで、歯が立たなかった。
バックは強烈なスライスでつないでくる、フォアも怖いものではなく、何せ徹底的につないでくるタイプ。後じんで打ち合っていれば、互角で対応できているのだが、浅い球、浮いた球を攻撃に転じるとほとんど逆襲されるか、凡ミスでポロポロポイントを失っていった。
足もあり予測もいい、決まったと思った球を何度もひろわれて、だんだんと戦意を喪失していった。
徹底的に粘ればあと何ゲームか取れたかもしれないが、あの粘り腰にはついて行けそうもなかった。
16 16の完敗。試合で粘りが如何に有効かということ、知っていたつもりであったが、あらためて実戦で学ばせてもらった。いい勉強になりました。
試合が終わり一息入れて、2試合目に組まれていた仲間の応援に出かけると、まもなくしてIS氏が8番コートに入り、しばらくしてHR氏が隣の7番コートで試合を始めた。
二人は順調に船出した。IS氏は要所要所で得意のフォアでエースを取りファースト64、遅れて始まったHS氏もストロークほとんどミスなく30と順風の出だし、しかし43となって心配したが63と両者共、自分の持ち味をだしての先行に、このまま行けば仲間の勝利は間違いなしと気分よくして推移を見守っていた。
ところがセカンドになるとIS氏の思い切りのフォアのショットは影をひそめ、さすがに2シードの相手は拾いまくりバックでひつようにつないでミスを誘い、流れは変わり36で落とすとスーパータイブレークと突入した。
HR氏のセカンドもおかしくなっていた。ストロークの打ち合いはいつの間にか、相手の方が有利なシーンが多くなっていた。相手の選手はあちこちの大会に参戦してしており、フルマラソンも何度も走っていると観覧席で友人から聞かされていた。ファーストを取った時そのことは気にしていなかったが、16とセカンドを落とした時に頭によぎった。
IS氏のタイブレークは手に汗を握る接戦が続いていた。
まさにシーソーゲームが展開されて、地元の相手には見ているほとんどの人が応援している。IS氏の拍手はぼくひとり、この拍手がいかに勇気づけられるかぼくは経験している。
まさに一喜一憂しながら99となる。ここで強気と弱気の差が出てしまったようにぼくには思えた。9 10。そしてあいては強引にネットに出てボレー。サイドアウトと誰しも思ったが、しっかりと面を作っていたのかボールはぎりぎり線の内側にボールマークを残していた。9 11。
勝利の女神はIS氏に微笑まなかったが、その戦いには惜しみない拍手が続いた。
HR氏も同じような内容のタイブレークを時間差で行っていた。そして88。ここからの粘りは百戦錬磨の相手にぶがあり8 10と落として、願望の一勝には手が届かなかった。
しかし、今後の活躍が期待され二人には違いない。
2回戦の相手は今年からの70歳代の強敵と分かっていたが、見るとやるとは大違いで、歯が立たなかった。
バックは強烈なスライスでつないでくる、フォアも怖いものではなく、何せ徹底的につないでくるタイプ。後じんで打ち合っていれば、互角で対応できているのだが、浅い球、浮いた球を攻撃に転じるとほとんど逆襲されるか、凡ミスでポロポロポイントを失っていった。
足もあり予測もいい、決まったと思った球を何度もひろわれて、だんだんと戦意を喪失していった。
徹底的に粘ればあと何ゲームか取れたかもしれないが、あの粘り腰にはついて行けそうもなかった。
16 16の完敗。試合で粘りが如何に有効かということ、知っていたつもりであったが、あらためて実戦で学ばせてもらった。いい勉強になりました。
試合が終わり一息入れて、2試合目に組まれていた仲間の応援に出かけると、まもなくしてIS氏が8番コートに入り、しばらくしてHR氏が隣の7番コートで試合を始めた。
二人は順調に船出した。IS氏は要所要所で得意のフォアでエースを取りファースト64、遅れて始まったHS氏もストロークほとんどミスなく30と順風の出だし、しかし43となって心配したが63と両者共、自分の持ち味をだしての先行に、このまま行けば仲間の勝利は間違いなしと気分よくして推移を見守っていた。
ところがセカンドになるとIS氏の思い切りのフォアのショットは影をひそめ、さすがに2シードの相手は拾いまくりバックでひつようにつないでミスを誘い、流れは変わり36で落とすとスーパータイブレークと突入した。
HR氏のセカンドもおかしくなっていた。ストロークの打ち合いはいつの間にか、相手の方が有利なシーンが多くなっていた。相手の選手はあちこちの大会に参戦してしており、フルマラソンも何度も走っていると観覧席で友人から聞かされていた。ファーストを取った時そのことは気にしていなかったが、16とセカンドを落とした時に頭によぎった。
IS氏のタイブレークは手に汗を握る接戦が続いていた。
まさにシーソーゲームが展開されて、地元の相手には見ているほとんどの人が応援している。IS氏の拍手はぼくひとり、この拍手がいかに勇気づけられるかぼくは経験している。
まさに一喜一憂しながら99となる。ここで強気と弱気の差が出てしまったようにぼくには思えた。9 10。そしてあいては強引にネットに出てボレー。サイドアウトと誰しも思ったが、しっかりと面を作っていたのかボールはぎりぎり線の内側にボールマークを残していた。9 11。
勝利の女神はIS氏に微笑まなかったが、その戦いには惜しみない拍手が続いた。
HR氏も同じような内容のタイブレークを時間差で行っていた。そして88。ここからの粘りは百戦錬磨の相手にぶがあり8 10と落として、願望の一勝には手が届かなかった。
しかし、今後の活躍が期待され二人には違いない。
2013年02月22日
Fベテラン春季大会
7時過ぎ家を出たが、やはり遅すぎた。6時半なら良かったにと後悔したが、ボロ車を鞭打って飛ばすしかない。久しぶり120キロ出したが、あの頃はそれがじゅんこうスピードだったのを思えば、様変りの年月。
なんとか30前には到着する。受付を済ませて一息入れ、受付にいた人達にモヤモヤしていたものぶちまけた。昨秋の一回戦の相手とまたも同じになっていることを。受付の男女二人は顔を見合せて申し訳なさそうな表情を見せた。厳正に抽選した結果ですから、悪しからずとかのコメントはなかったのでムカムカは少し収まった。
一回戦が終わってコートサイド対戦したHA氏と雑談しているとディレクターがやってきて謝ってくれたのでHA氏とぼくは顔を見合た。ディレクターは自分がチェックを怠ったと率直に認めてくれたので救われた気持ちになっていた。
今年から年三回開かれる大会。
盛大な大会になっていくためにも主催者の気配り心配りを期待したい。
さて、一回戦は63 62で勝たせてもらったが戦うこと二時間余り、内容は厳しくやっとこさの勝利だった。
地元から60歳シングルスの応援、初参加のIS氏はファースト16で落とし心配されたがセカンドになると動きもよくなりセットを粘り取ると、10ポイントタイブレークのファイル勝負となった。IS氏有利かと思いきや55と競ったが、相手に疲れが見えIS氏には余力が伺え、そこから一気に10 6くらいで逃げきった。
危うい試合を頑張りとうしての初陣の勝利、噛みしめた喜びの表情が印象に残った。
おめでとう。
なんとか30前には到着する。受付を済ませて一息入れ、受付にいた人達にモヤモヤしていたものぶちまけた。昨秋の一回戦の相手とまたも同じになっていることを。受付の男女二人は顔を見合せて申し訳なさそうな表情を見せた。厳正に抽選した結果ですから、悪しからずとかのコメントはなかったのでムカムカは少し収まった。
一回戦が終わってコートサイド対戦したHA氏と雑談しているとディレクターがやってきて謝ってくれたのでHA氏とぼくは顔を見合た。ディレクターは自分がチェックを怠ったと率直に認めてくれたので救われた気持ちになっていた。
今年から年三回開かれる大会。
盛大な大会になっていくためにも主催者の気配り心配りを期待したい。
さて、一回戦は63 62で勝たせてもらったが戦うこと二時間余り、内容は厳しくやっとこさの勝利だった。
地元から60歳シングルスの応援、初参加のIS氏はファースト16で落とし心配されたがセカンドになると動きもよくなりセットを粘り取ると、10ポイントタイブレークのファイル勝負となった。IS氏有利かと思いきや55と競ったが、相手に疲れが見えIS氏には余力が伺え、そこから一気に10 6くらいで逃げきった。
危うい試合を頑張りとうしての初陣の勝利、噛みしめた喜びの表情が印象に残った。
おめでとう。
2013年02月21日
ぐちぐち
木曜日、晴れ。
明日から新たに開設されたF県ベテランテニス大会、これで冬、夏、秋と年3回となる。だがJOPのポイント加算ではグレードEとFが一大会、ABCDの内の3大会の5大会の合計ポイントでのランキングとなっている。これはおかしいとぼくは思っている。改正されてのこれだ。なぜこうなるのかの説明がない。ぼくの力ではのれんに腕押しだが、何度でも書いておこう。
ぼくも70歳台最後の年となって一段と厳しくなったが、3月末から九州毎日があるので腕ならしのつもりでのエントリー。昨年の夏は優勝、秋は準優勝とEグレードのポイントは十分にある。今年から70参戦の選手もいるからぼくには厳しくなっている。
おまけに近頃の練習成績を思うと、ゆううつになるくらいだ。今日、10時過ぎ出かけるとO氏が代休らしくおばさんたちとダブルスに興じていた。横のコートでサービスの練習をしながら試合の終わるのを待ってシングルスを1セットお願いしたが、ぜんぜん歯が立たなかった。26の敗退。いつものようにバックの両手打ちが相手のチャンスボールになり、サービスがガタガタだった。
体に疲労を感じながら、それを言い訳にしながら明朝早くF県まで出かけるのだ。どうなることやら。
ドローもおかしい、昨年秋の大会の初戦の選手と又初戦で対戦するようになっているのだから、公正な抽選できめたとのたまうかもしれないが、いろんな選手との対戦も楽しみにしているのだから、その辺の気配りはあってもいいと思う。
たいまい払って行くのだから・・・・・・。言いたいことはいっぱいあるけどこのくらいのしておこう。ぐちぐち。
明日から新たに開設されたF県ベテランテニス大会、これで冬、夏、秋と年3回となる。だがJOPのポイント加算ではグレードEとFが一大会、ABCDの内の3大会の5大会の合計ポイントでのランキングとなっている。これはおかしいとぼくは思っている。改正されてのこれだ。なぜこうなるのかの説明がない。ぼくの力ではのれんに腕押しだが、何度でも書いておこう。
ぼくも70歳台最後の年となって一段と厳しくなったが、3月末から九州毎日があるので腕ならしのつもりでのエントリー。昨年の夏は優勝、秋は準優勝とEグレードのポイントは十分にある。今年から70参戦の選手もいるからぼくには厳しくなっている。
おまけに近頃の練習成績を思うと、ゆううつになるくらいだ。今日、10時過ぎ出かけるとO氏が代休らしくおばさんたちとダブルスに興じていた。横のコートでサービスの練習をしながら試合の終わるのを待ってシングルスを1セットお願いしたが、ぜんぜん歯が立たなかった。26の敗退。いつものようにバックの両手打ちが相手のチャンスボールになり、サービスがガタガタだった。
体に疲労を感じながら、それを言い訳にしながら明朝早くF県まで出かけるのだ。どうなることやら。
ドローもおかしい、昨年秋の大会の初戦の選手と又初戦で対戦するようになっているのだから、公正な抽選できめたとのたまうかもしれないが、いろんな選手との対戦も楽しみにしているのだから、その辺の気配りはあってもいいと思う。
たいまい払って行くのだから・・・・・・。言いたいことはいっぱいあるけどこのくらいのしておこう。ぐちぐち。
2013年02月20日
迷える羊なり
水曜日、晴れ。
10時から約束のI氏とシングルス、36 36で勝たせてもらったが、納得には程遠くかってもうれしくなかった。大事なポイントはぼくの当たりそこないショットに相手のイージミスによりゲームをひろっていったものが大半。
少しは、良くなっていたはずのサービスも、期待外れはなはだしかった。
その後ダブルス3セット楽しんだが、ぼくのサービス一回もキープできず、それが敗因で3連敗をきっしてしまった。
迷える羊なり。
10時から約束のI氏とシングルス、36 36で勝たせてもらったが、納得には程遠くかってもうれしくなかった。大事なポイントはぼくの当たりそこないショットに相手のイージミスによりゲームをひろっていったものが大半。
少しは、良くなっていたはずのサービスも、期待外れはなはだしかった。
その後ダブルス3セット楽しんだが、ぼくのサービス一回もキープできず、それが敗因で3連敗をきっしてしまった。
迷える羊なり。
2013年02月19日
四国オープンの結果
火曜日、午前中雨、昼から曇り。
昨日も終日雨、読書とwowowで映画二本。「許されざる者」オードリヘップパーン、バートランカスター「ロミヨとジュリエット」。
今日は1時過ぎコートへ。人工芝は水をたっぷりまだ含んでいるが、雨が上がると直ぐできるのがうれしい。2時間ほどN氏とストロークを中心に練習。
今月上旬に行われた四国オープンの結果、JOP-TENNIS.COM何度開いて見たことか、結果が表示されていないので、不満たらたらで諦めかけていたが、ふと思いだして愛媛県テニス協会のHPを開いて見るときちっと載っていた。JOP-TENNIS.COMよ、したりしなかったりはやめてほしい。
70歳代シングルス、知らぬ名前の選手が活躍していた。今年から70歳になった人たちかもしれない。
ぼくにとってはくわばらくわばらの一年になりそうだ。
ダブルスはエントリ12ペア。ぼくとM氏のペアーで2回ほど勝ったことのある3シードのペアーが優勝していた。
もしかしたら、ぼくたちにもチャンスがあったのだと思うとほっとした。
昨日も終日雨、読書とwowowで映画二本。「許されざる者」オードリヘップパーン、バートランカスター「ロミヨとジュリエット」。
今日は1時過ぎコートへ。人工芝は水をたっぷりまだ含んでいるが、雨が上がると直ぐできるのがうれしい。2時間ほどN氏とストロークを中心に練習。
今月上旬に行われた四国オープンの結果、JOP-TENNIS.COM何度開いて見たことか、結果が表示されていないので、不満たらたらで諦めかけていたが、ふと思いだして愛媛県テニス協会のHPを開いて見るときちっと載っていた。JOP-TENNIS.COMよ、したりしなかったりはやめてほしい。
70歳代シングルス、知らぬ名前の選手が活躍していた。今年から70歳になった人たちかもしれない。
ぼくにとってはくわばらくわばらの一年になりそうだ。
ダブルスはエントリ12ペア。ぼくとM氏のペアーで2回ほど勝ったことのある3シードのペアーが優勝していた。
もしかしたら、ぼくたちにもチャンスがあったのだと思うとほっとした。
2013年02月13日
それにしても
水曜日、晴れ。
昨日のスリーセットがきいたのか、体が重くていつもの水曜日10時I氏とのシングルスの約束、テレビの前から腰がなかなか上がらなかった。9時半過ぎになってこりゃいかんとあわてて準備して何とか10時までにはコートへ滑り込んだが、疲れが残っているようで不安はあった。
今日はラケットを替えていた。昨日はゆるめのガットを使って痛い目にあっていたからだ。そして今日はガンガン思い切りの良いテニスを心がけようと言い聞かせていた。
ファーストは一進一退、55になってそれから2ゲーム取り75でものにした。昨日の終盤とは逆の現象でほっと胸をなでおろす。それにしても昨日はライジングの一発で、どれだけ決められたのだろう、思い出すのも嫌になるほど、自信喪失していた。
ファーストを取って少し気持ちが楽になりセカンドは62。やさしいI氏はぼくに立ち直りのきっかけを作ってくれた。
今日I氏にさんざん負けていたら、どれくらい落ち込んでいただろうか。
F県のベテラオープン、それから3月末から始まる九州毎日に向けてのはなむけ、頑張る気持ちは維持できそうだだ。
あとでダブルスのスペッシャリストと2セットやりこれも勝たせてもらって、気持ちよく帰途に就いた。
昨日のスリーセットがきいたのか、体が重くていつもの水曜日10時I氏とのシングルスの約束、テレビの前から腰がなかなか上がらなかった。9時半過ぎになってこりゃいかんとあわてて準備して何とか10時までにはコートへ滑り込んだが、疲れが残っているようで不安はあった。
今日はラケットを替えていた。昨日はゆるめのガットを使って痛い目にあっていたからだ。そして今日はガンガン思い切りの良いテニスを心がけようと言い聞かせていた。
ファーストは一進一退、55になってそれから2ゲーム取り75でものにした。昨日の終盤とは逆の現象でほっと胸をなでおろす。それにしても昨日はライジングの一発で、どれだけ決められたのだろう、思い出すのも嫌になるほど、自信喪失していた。
ファーストを取って少し気持ちが楽になりセカンドは62。やさしいI氏はぼくに立ち直りのきっかけを作ってくれた。
今日I氏にさんざん負けていたら、どれくらい落ち込んでいただろうか。
F県のベテラオープン、それから3月末から始まる九州毎日に向けてのはなむけ、頑張る気持ちは維持できそうだだ。
あとでダブルスのスペッシャリストと2セットやりこれも勝たせてもらって、気持ちよく帰途に就いた。
2013年02月12日
友人を渡る
火曜日、曇り昼から雨。
SO宅を9時前に出て大谷インターから新しく出来ているkurateインターで下りて指定されて場所へと向かった。少し迷いながら運動公園らしき所にテニスコートを見つけて、近くの駐車場で待っているとTO氏がやってくる。4面のハードコートの2面を人工芝コートに、まだ新しく申し分ない、我々2人だけの専用コートみたいで、誰も姿をみせず。
さっそくシングルスを始めたのだが、最初からライジングボールで押されて良いところなし。15から何とか45と追いついてほっとしてのぼくのサービス、流れから言って55になるだろうと高をくくっていたら、積極的な攻撃に簡単にブレークされてしまう。46でファーストを落とす。
セカンドで頑張ろうと、一息入れ満を持してやると30とリード、このゲームはぼくの流れだと一息ついていると、40を狙っていたぼくのサービスはたやすくブレークされ31 そして32。次の ぼくのサービス42に近づいたかと思いきや、またもブレークされて33。43 44 45 46と又も終盤にばん回する余地もなくやられてしまった。かなりショック、相手が一段とうまくなっていたと認めざるを得なかった。
それは3セット目に表れた。2セット目の終わりに2時間が経過、1時間延長してもらって、もう1セットの余裕があったのでお願いしたのだが、今度は一方的にやられてしまった。05からお情けのⅠゲームだけ16で終わっていた。手も足も出ないとはこのこと。甘いサービス、浅いボールは一発で簡単に見えるくらいに仕留められ、クロスに深くいいショットを放ったつもりでいると、素早く回り込んで得意のフォアでクロスにねじ込まれたり、ダウンダラインを攻められたりで手の打ちようがなくなっていった。
そこには完全に実力差を認めざるを得ない状況になっていた。ここまで差があるとはショックも受けたがうれしくもあった。
自宅で昼をごちそうになり、お礼を述べて雨の中を帰途についた。そして帰り道に位置するカマ市に向けて車を走らせた。
昔、同じ釜の飯を食っていた旧友から何年かぶりに年賀状が届いていたのが、なぜか気になっていた。
そこでは3~4棟の通路で結ばれているような団地が目に入った。なにせ初めて目にする造りに見えた。
年賀状の住所の12を目当てに適当に押したピンポン。出てきた人にARさんご存じないですかと尋ねるとここですがと言ったので、ぼくは目をパチクリ呼び寄せられたような気がした。そう言われれば若かりし頃の奥さんの面影をかすかに見出すことが出来た。
SO宅を9時前に出て大谷インターから新しく出来ているkurateインターで下りて指定されて場所へと向かった。少し迷いながら運動公園らしき所にテニスコートを見つけて、近くの駐車場で待っているとTO氏がやってくる。4面のハードコートの2面を人工芝コートに、まだ新しく申し分ない、我々2人だけの専用コートみたいで、誰も姿をみせず。
さっそくシングルスを始めたのだが、最初からライジングボールで押されて良いところなし。15から何とか45と追いついてほっとしてのぼくのサービス、流れから言って55になるだろうと高をくくっていたら、積極的な攻撃に簡単にブレークされてしまう。46でファーストを落とす。
セカンドで頑張ろうと、一息入れ満を持してやると30とリード、このゲームはぼくの流れだと一息ついていると、40を狙っていたぼくのサービスはたやすくブレークされ31 そして32。次の ぼくのサービス42に近づいたかと思いきや、またもブレークされて33。43 44 45 46と又も終盤にばん回する余地もなくやられてしまった。かなりショック、相手が一段とうまくなっていたと認めざるを得なかった。
それは3セット目に表れた。2セット目の終わりに2時間が経過、1時間延長してもらって、もう1セットの余裕があったのでお願いしたのだが、今度は一方的にやられてしまった。05からお情けのⅠゲームだけ16で終わっていた。手も足も出ないとはこのこと。甘いサービス、浅いボールは一発で簡単に見えるくらいに仕留められ、クロスに深くいいショットを放ったつもりでいると、素早く回り込んで得意のフォアでクロスにねじ込まれたり、ダウンダラインを攻められたりで手の打ちようがなくなっていった。
そこには完全に実力差を認めざるを得ない状況になっていた。ここまで差があるとはショックも受けたがうれしくもあった。
自宅で昼をごちそうになり、お礼を述べて雨の中を帰途についた。そして帰り道に位置するカマ市に向けて車を走らせた。
昔、同じ釜の飯を食っていた旧友から何年かぶりに年賀状が届いていたのが、なぜか気になっていた。
そこでは3~4棟の通路で結ばれているような団地が目に入った。なにせ初めて目にする造りに見えた。
年賀状の住所の12を目当てに適当に押したピンポン。出てきた人にARさんご存じないですかと尋ねるとここですがと言ったので、ぼくは目をパチクリ呼び寄せられたような気がした。そう言われれば若かりし頃の奥さんの面影をかすかに見出すことが出来た。
2013年02月11日
練習会とは
月曜日、晴れ。
12月に案内があった。全日本ベテランに出場選手の練習会の案内で、九州、中国に参加を呼び掛けているようだった。
ぼくは出場した選手のほとんどが参加するのだと思い込み、はせ参じたが、K県からはぼく1人。中国の選手は見当たらなかった。
ダブルス3試合して、3時過ぎ友人宅を目指してKT市に向かう。
12月に案内があった。全日本ベテランに出場選手の練習会の案内で、九州、中国に参加を呼び掛けているようだった。
ぼくは出場した選手のほとんどが参加するのだと思い込み、はせ参じたが、K県からはぼく1人。中国の選手は見当たらなかった。
ダブルス3試合して、3時過ぎ友人宅を目指してKT市に向かう。