2013年09月12日
M氏単MS氏複ファイナルへ
木曜日、晴れ。雲は多かったが温度は30度オーバーしていたはず。
8時に家を出て植木インターに向かうと通勤ラッシュは解消され順調に植木インターから乗ることが出来た。今日は南関インターから下りてグラスコート佐賀へと向かったが八女インターとほとんど差がないことが分かった。
70シングルスのセミファイナルは1シード2シードを破った福岡勢は姿を消して6シードのA氏とダブルスパートナーの7シードM氏が明日の決勝の舞台へ進むこととなった。
M氏のシングルス、到着してコートへ行くと42でリードしていたので、シメシメと思っていたらそれから挽回されて45、相手のセットポイントはあったと思うが何とかしのぎ55 65 75とようやくものにした。セカンドはM氏のペースで進み勝利。
今日は昼前にシングルスが終わり、ダブルスのセミファイナルは13時過ぎにクラブハウス真下の1番コートで行われた。相手は1シードを破り意気上がる福岡のOOペアーだった。出来るならば下の山と対戦したかったと二人で話し合ったことだ。
相手の一人、若かりし頃からのツイストサービスをかたくなに守っている選手で、最初にサービス。簡単にキープされて10。チェンジコートしてぼくのサービス、ジュース繰り返しの挙句に何とかキープできて正直ホッとした。11。キープされて12。チェンジしてM氏のサービスブレークされて13。サービスキープされて14。その時さすがだと思った。スキがなかった。
チェンジしてぼくのサービスキープして42。ぼくのサービスは昨日の練習を反映して好調そのものだった。首の皮は何とかつながっていた。そこで相手のサービスをブレークでき43。
チェンジしてM氏キープして44と並ぶ。ツイストキープして45。チェンジしてぼく難なくキープして55。ここで相手のサービスをブレークしたと思う。無我夢中でやっていると56でM氏のサービングフォーセットになっていたのだ。
セットポイントはぼくの苦肉のロビングがベースラインにきわどかった。アウトと手を上げそうになったのをツイストは収めた。そのフェアープレイに頭が下がった。アウトと言われても仕方がないと感じていた。大事な大事なセットポイントだったにもかかわらず。
5分間のヒートタイム休憩に入った。真後ろから小声でぼくの名前を呼ぶ人がいた。振り返ると親父さんだった。何か一言励ましてくれる声が聞こえた。
セカンドはファーストと同じでツイストから始まった。ここでも簡単にキープされ01。チェンジしてぼくがキープ11。ブレークして21。チェンジしてM氏キープして31。ツイストブレークして41。チェンジしてぼくキープして51。勝利は掌中にある気がした。
相手の二人は後ろに下がりぼそぼそ作戦会議を始めた。後ろに下がったり、ロブを続けたりしだした。
キープされて52。チェンジしてM氏ブレークされて53。ツイストのサービス。30 0とリードを許していた。
54でぼくのサービングマッチの可能性が頭によぎる。ぼくはまた試されるに違いない。ところが30 30とばん回したのだ。M氏が1ポイント取り40 30。マッチポイントはぼくのレシーブに回ってきていた。
ぼくは相手の浅いロブがサービスライン近くに来たのをバックのハイボレーでセンターに向けて打つと、またもベースラインぎりぎりに落ち相手の二人は見送っていた。
その瞬間ぼくたちの勝利が確定したのだ。ネット越しにぼくたちの健闘を認めてくれたかのように力強い握手をしてくれた。トップ選手二人の、見本になるようなマナーがうれしく気持ちよかった。
75シングルス決勝戦、仲間のF氏はサービスで40 0で42のチャンスを逸すとそのまま行ってしまった。セカンドも相手のペースで準優勝に終わっていた。
8時に家を出て植木インターに向かうと通勤ラッシュは解消され順調に植木インターから乗ることが出来た。今日は南関インターから下りてグラスコート佐賀へと向かったが八女インターとほとんど差がないことが分かった。
70シングルスのセミファイナルは1シード2シードを破った福岡勢は姿を消して6シードのA氏とダブルスパートナーの7シードM氏が明日の決勝の舞台へ進むこととなった。
M氏のシングルス、到着してコートへ行くと42でリードしていたので、シメシメと思っていたらそれから挽回されて45、相手のセットポイントはあったと思うが何とかしのぎ55 65 75とようやくものにした。セカンドはM氏のペースで進み勝利。
今日は昼前にシングルスが終わり、ダブルスのセミファイナルは13時過ぎにクラブハウス真下の1番コートで行われた。相手は1シードを破り意気上がる福岡のOOペアーだった。出来るならば下の山と対戦したかったと二人で話し合ったことだ。
相手の一人、若かりし頃からのツイストサービスをかたくなに守っている選手で、最初にサービス。簡単にキープされて10。チェンジコートしてぼくのサービス、ジュース繰り返しの挙句に何とかキープできて正直ホッとした。11。キープされて12。チェンジしてM氏のサービスブレークされて13。サービスキープされて14。その時さすがだと思った。スキがなかった。
チェンジしてぼくのサービスキープして42。ぼくのサービスは昨日の練習を反映して好調そのものだった。首の皮は何とかつながっていた。そこで相手のサービスをブレークでき43。
チェンジしてM氏キープして44と並ぶ。ツイストキープして45。チェンジしてぼく難なくキープして55。ここで相手のサービスをブレークしたと思う。無我夢中でやっていると56でM氏のサービングフォーセットになっていたのだ。
セットポイントはぼくの苦肉のロビングがベースラインにきわどかった。アウトと手を上げそうになったのをツイストは収めた。そのフェアープレイに頭が下がった。アウトと言われても仕方がないと感じていた。大事な大事なセットポイントだったにもかかわらず。
5分間のヒートタイム休憩に入った。真後ろから小声でぼくの名前を呼ぶ人がいた。振り返ると親父さんだった。何か一言励ましてくれる声が聞こえた。
セカンドはファーストと同じでツイストから始まった。ここでも簡単にキープされ01。チェンジしてぼくがキープ11。ブレークして21。チェンジしてM氏キープして31。ツイストブレークして41。チェンジしてぼくキープして51。勝利は掌中にある気がした。
相手の二人は後ろに下がりぼそぼそ作戦会議を始めた。後ろに下がったり、ロブを続けたりしだした。
キープされて52。チェンジしてM氏ブレークされて53。ツイストのサービス。30 0とリードを許していた。
54でぼくのサービングマッチの可能性が頭によぎる。ぼくはまた試されるに違いない。ところが30 30とばん回したのだ。M氏が1ポイント取り40 30。マッチポイントはぼくのレシーブに回ってきていた。
ぼくは相手の浅いロブがサービスライン近くに来たのをバックのハイボレーでセンターに向けて打つと、またもベースラインぎりぎりに落ち相手の二人は見送っていた。
その瞬間ぼくたちの勝利が確定したのだ。ネット越しにぼくたちの健闘を認めてくれたかのように力強い握手をしてくれた。トップ選手二人の、見本になるようなマナーがうれしく気持ちよかった。
75シングルス決勝戦、仲間のF氏はサービスで40 0で42のチャンスを逸すとそのまま行ってしまった。セカンドも相手のペースで準優勝に終わっていた。