2008年10月31日
仲間からの祝福
曇り昼から雨。金曜日を練習日としているテニス仲間もいて、コートには普段より多く顔を見せるので右胸の痛みは完治していないが出かけることにした。トロフィーとメダルを持って。
結果は既に知っているらしく、コートに入るとみんなから笑顔での祝福の声が心地よくきこえてきた。ねんりんピックで一位グループになり決勝まで勝ち上がる大変さは仲間も理解してくれているのだ。その弾んだ声が象徴していた。
メダルとトロフィーを披露する。
交流が第一だとはいえ、参加することに意義があるとか言うのはたてまえで、勝つことにやはり意義があると思う。
参加の68チームは日頃やらない4ゲームマッチに戸惑いながらも必死に戦ったと思う。
日頃縁のないチーム戦、70歳男子、60歳女子、60歳男子の3組のペアーで戦うので2つ落とせば即負けなのだ。
一試合、一試合大変プレッシャーがかかっている。1球1球大事にしょうとする意識がミスを誘い緊迫したゲームの連続なのだ。
初日の予選リーグの最後の試合は宮城県。共に2勝0敗で明日の一位グループ入りをかけての戦いだった。70歳が調子が出ないまま1-4で負け、60女子がタイブレークで何とかものにして1勝1敗で自分たち60に明日が、かかったのだ。
宮城の60男子は自分たちが0-4で負けた広島に4-2で勝っていたので厳しいと心の中では武者震いしていたに違いない。試合の内容はほとんど覚えていないが、1ゲーム目相手のサービスをいきなりM氏が前衛の横を矢のように打ち抜いて度肝を抜いたのが印象的だ。あの1球が試合の流れを決めたのだと思う。そのゲームをブレークしてM氏のサービス、ファーストが入らずにセカンドサービスを打とうとした時に相手はタイムを取りネットから50センチくらい離れたボールをコートの外に出した。
それを見てM氏は、審判が何も言わないのにその行為はおかしい、ファーストからと声を荒げだしたので、それくらいでかっかしてはいけないと思いプレーを続けるようにうながした。親睦、交流の大会なのだ。
直ぐに気持ちを切り替えてくれてM氏は簡単にキープ、後は4-0勝ったことしか覚えていない。
こうして勝利の内に一日目を終えることが出来たのだ。
仲間の顔には達成感と充実感が漂っていた。
結果は既に知っているらしく、コートに入るとみんなから笑顔での祝福の声が心地よくきこえてきた。ねんりんピックで一位グループになり決勝まで勝ち上がる大変さは仲間も理解してくれているのだ。その弾んだ声が象徴していた。
メダルとトロフィーを披露する。
交流が第一だとはいえ、参加することに意義があるとか言うのはたてまえで、勝つことにやはり意義があると思う。
参加の68チームは日頃やらない4ゲームマッチに戸惑いながらも必死に戦ったと思う。
日頃縁のないチーム戦、70歳男子、60歳女子、60歳男子の3組のペアーで戦うので2つ落とせば即負けなのだ。
一試合、一試合大変プレッシャーがかかっている。1球1球大事にしょうとする意識がミスを誘い緊迫したゲームの連続なのだ。
初日の予選リーグの最後の試合は宮城県。共に2勝0敗で明日の一位グループ入りをかけての戦いだった。70歳が調子が出ないまま1-4で負け、60女子がタイブレークで何とかものにして1勝1敗で自分たち60に明日が、かかったのだ。
宮城の60男子は自分たちが0-4で負けた広島に4-2で勝っていたので厳しいと心の中では武者震いしていたに違いない。試合の内容はほとんど覚えていないが、1ゲーム目相手のサービスをいきなりM氏が前衛の横を矢のように打ち抜いて度肝を抜いたのが印象的だ。あの1球が試合の流れを決めたのだと思う。そのゲームをブレークしてM氏のサービス、ファーストが入らずにセカンドサービスを打とうとした時に相手はタイムを取りネットから50センチくらい離れたボールをコートの外に出した。
それを見てM氏は、審判が何も言わないのにその行為はおかしい、ファーストからと声を荒げだしたので、それくらいでかっかしてはいけないと思いプレーを続けるようにうながした。親睦、交流の大会なのだ。
直ぐに気持ちを切り替えてくれてM氏は簡単にキープ、後は4-0勝ったことしか覚えていない。
こうして勝利の内に一日目を終えることが出来たのだ。
仲間の顔には達成感と充実感が漂っていた。