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シニアテニス両手打ちでの挑戦記 60歳代半ばにしてエルボーをこじらせ片手では打てなくなりバック、フォアーとも両手打ちに替えての試行錯誤、全日本ベテランテニス選手権出場目指してのつれづれ。

ていちゃん
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    人の命、運命

    月曜日、曇り 蒸し暑し。
    1日からベテランJOP(ジャパンオフィシャルポイント)の大会が目白押しだ。

    『ベテランJOPランキング規定は、全日本ベテランテニス選手権大会(全日本選手権大会という。)に出場する選手の選考順位の決定、および、その他の競技会における運営の合理化に役立てるとともに、テニス界の発展に貢献することを目的とする。』

    1日から5日まで四国選手権(17ドロー)、8日から14日まで東北選手権(31)、15日から21まで中国選手権(25)、22日から28日まで関西選手権(93)と続いて8月末のランキングで全日本の出場の有無が決定する。

    4大会出ている人は少々、3大会はそれなりに、2大会はかなりいる。1大会の人もすくなからづ、ぼくもその一人。
    この8月の大会がいかに過酷か、いままで嫌というほどつらい体験をしてきた。できたらこの期間は避けたい。暑さに弱いぼくは避けるべきだと、今年になってようやく気づいた。だが九州毎日、九州のB8で、手をこまねいてはおれないのだ。
    6月中旬締切が迫る中、四国、中国、関西と堂々巡りをどれくらい繰り返したことだろう。考えた末に関西一本に決めた。ここで戦ってのポイントが価値があると思えたからだ。しかしランキングがジリジリと下がっているなか冒険ではあった。

    東北、北信越はパソコンで調べてデータを出し本気で検討していたが、やはり費用がかかりそうなのであきらめていた。
    だが北信越の締切の日、ぼくはパソコンに向かって申込をしてしまった。テレビドラマの松本がどんなところか、上高地という景勝地にも魅せられていた。何かに押されるようにくだした決断は、いろんな意味でよかったといえる。

    B8での200ポイントゲットは、関西では無理なポイントだし、そこで思いがけない出会いもあった。

    帰りには上高地を一周して、孫娘の顔を見たさに横浜に出て、翌日、松戸まで叔母さんの仏壇に手を合わせに行くと、タイミングよくおじさんが40日の入院からもどってすぐのところだった。

    病み上がりでいつものおじさんとちがって弱弱しかったが、いろんな話をいろいろ、ながながと話しした。自宅での叔母さんの介護が、どんなに大変であったか、これでは二人とも潰れると、たいまいを払って施設に入れたこと、出来ることは精いっぱいやって来たのだと自問自答しながらも淋しそうだった。
    立派なお墓も作って、一人じゃ淋しいだろうからと祖父母(父母)の写真なども入れたという。アルバムを数冊持ってきて叔母さんの若かりしときから、入院生活、葬儀の写真などをくわしく説明してくれた。
    帰りには叔母さんの形見といって萩焼の急須をぼくは頂き、

    娘婿はおじさんの趣味で描き留めていた絵画の中から、横浜港の赤レンガの絵を頂いて、玄関先で別れの挨拶をしていると、玄関に飾ってあった絵画の説明をしだした。それからマジックを手に取って赤レンガの絵の裏側に、だれそれにと書き、日付と自分の名前を書いて渡してくれた。

    これが最後になるかもしれないと、口ずさんだので、打ち消すように又来ますのでお大事にして下さいと言って門を後にしたのだが、今朝亡くなっていたという知らせがあり何ともいえない気持ちでいる。    合掌。
    日記 | 投稿者 ていちゃん 23:19 | コメント(0) | トラックバック(0)